×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
デフレ期とインフレ期では経済政策っていうのは基本的に真逆になります。
今はデフレ期です。鳩山不況と呼ぶ人たちもおりますように。僕もその一人ですが。
さて、デフレの時はどうすればいいのでしょうか。
簡単にいえば積極財政となります。
積極財政とは、公共投資を増やし、政府支出を増やすことでGDPを上げる施策の事です。
しかし、今の政府は公共投資を減らしていますね。
事業仕分けが良い例です。
また、基本的にデフレ期には減税をしていきます。
税率を上げるのはインフレ期です。
しかし、菅直人なんていう財務大臣は消費税を上げると発言しています。
これは経済が分からないということの証左ではないでしょうか。
今の政府の経済施策は間違っています。
間違ってないのは日本を破滅させる方向に施策をしているという事くらいですかね。
本当に早くこの政権が終わってほしいです。
支持率が20%くらいあると聞いてますが、誰に聞いたらそうなるのか教えてほしいくらいですね。
今はデフレ期です。鳩山不況と呼ぶ人たちもおりますように。僕もその一人ですが。
さて、デフレの時はどうすればいいのでしょうか。
簡単にいえば積極財政となります。
積極財政とは、公共投資を増やし、政府支出を増やすことでGDPを上げる施策の事です。
しかし、今の政府は公共投資を減らしていますね。
事業仕分けが良い例です。
また、基本的にデフレ期には減税をしていきます。
税率を上げるのはインフレ期です。
しかし、菅直人なんていう財務大臣は消費税を上げると発言しています。
これは経済が分からないということの証左ではないでしょうか。
今の政府の経済施策は間違っています。
間違ってないのは日本を破滅させる方向に施策をしているという事くらいですかね。
本当に早くこの政権が終わってほしいです。
支持率が20%くらいあると聞いてますが、誰に聞いたらそうなるのか教えてほしいくらいですね。
PR
久しぶりに論文調で書く。
プロの尊厳の失墜とは日本の歌手についてのことである。
昨日も少しふれたが、プロともあろうものが一般大衆でも書けるような歌詞を書き、そこに啓蒙性はない。啓蒙とは、優れた思想を持つ少数のものがその思想を多くの人に伝えて行くものである。
音楽が芸術というのならば、そこには人を感動させ、何かに気付かせる力、つまりは啓蒙性がなければならないだろう。
その意味で今の日本の歌手には芸術家を名乗る資格はない。プロの尊厳の失墜とはこのことである。
個人的にラップは大嫌いだが、日本の歌手で唯一芸術家を名乗ってもよいのは英霊来世くらいであろうと思う。
ビジネスモデルの破綻について書く。
昨今、音楽CDが売れなくなっているという風潮がある。これは前述のプロの尊厳の失墜ということだけではなく、一曲に対する対価が高すぎると消費者は感じているのであろう。
無料で手に入るならばそれに越したことではないという心情の表れであろうかと思う。
だから、これからは楽曲の価値はどんどん安くなる。
楽曲を売ることによって収益を上げているいまのビジネスモデルは転換をせざるを得ないのだ。
この先は今書くには惜しい内容だな……。
バンドメンバーが全員そろったときに分かりやすく説くか。
正直、私にはきちんとした収益を上げて生き残れる道が見えている。
賢い方ならこの文を読んでもう気づいているかもしれないが。
私はバンドにおける軍師になろうと思う。経営学や思想、心理学などを学び、戦略を尽くそうと思う。
バンドで飯を食おうと思ったら私の考えている策が堅実であることを申し上げる。流石にこれは信頼できる人にしか話せないが。
プロの尊厳の失墜とは日本の歌手についてのことである。
昨日も少しふれたが、プロともあろうものが一般大衆でも書けるような歌詞を書き、そこに啓蒙性はない。啓蒙とは、優れた思想を持つ少数のものがその思想を多くの人に伝えて行くものである。
音楽が芸術というのならば、そこには人を感動させ、何かに気付かせる力、つまりは啓蒙性がなければならないだろう。
その意味で今の日本の歌手には芸術家を名乗る資格はない。プロの尊厳の失墜とはこのことである。
個人的にラップは大嫌いだが、日本の歌手で唯一芸術家を名乗ってもよいのは英霊来世くらいであろうと思う。
ビジネスモデルの破綻について書く。
昨今、音楽CDが売れなくなっているという風潮がある。これは前述のプロの尊厳の失墜ということだけではなく、一曲に対する対価が高すぎると消費者は感じているのであろう。
無料で手に入るならばそれに越したことではないという心情の表れであろうかと思う。
だから、これからは楽曲の価値はどんどん安くなる。
楽曲を売ることによって収益を上げているいまのビジネスモデルは転換をせざるを得ないのだ。
この先は今書くには惜しい内容だな……。
バンドメンバーが全員そろったときに分かりやすく説くか。
正直、私にはきちんとした収益を上げて生き残れる道が見えている。
賢い方ならこの文を読んでもう気づいているかもしれないが。
私はバンドにおける軍師になろうと思う。経営学や思想、心理学などを学び、戦略を尽くそうと思う。
バンドで飯を食おうと思ったら私の考えている策が堅実であることを申し上げる。流石にこれは信頼できる人にしか話せないが。
先ほど、NHKの7時のニュースを見ていたんだが、大まかに言うと、国の土地に神社があるのが違憲だという判決が最高裁で通ったらしい。政教分離に反するそうだ。
で、俺が確信したのは政教分離で公明党が消えるというのではなく、国の土地にある神社は違憲というのを理由として靖国神社への攻撃が始まるという事だ。
しかも世間は東京裁判などという民間裁判で、法的拘束力がないものの判決を信じ、「A級戦犯が……」等と言っており、評判が悪い神社である。
俺は全く、悪い神社とは思わないと付け加えておく。
わざわざNHKが取り上げるというのも加えてであるが、このニュースの裏の意図が分かった。
ちょっと経つと攻撃を始めるだろうと推察する。
で、俺が確信したのは政教分離で公明党が消えるというのではなく、国の土地にある神社は違憲というのを理由として靖国神社への攻撃が始まるという事だ。
しかも世間は東京裁判などという民間裁判で、法的拘束力がないものの判決を信じ、「A級戦犯が……」等と言っており、評判が悪い神社である。
俺は全く、悪い神社とは思わないと付け加えておく。
わざわざNHKが取り上げるというのも加えてであるが、このニュースの裏の意図が分かった。
ちょっと経つと攻撃を始めるだろうと推察する。
とうとう明日はセンターです。がんばってきます。
今、日本の政治は100年前のそれと似ている様に思う。
100年前、第二次桂太郎内閣の時、韓国併合条約が締結された。
そして、戦後、謝罪と賠償を今になっても求めている。
しかし、それは、一進会という韓国の団体からの要望に応じて締結されていた。
日本が強制したわけではないのである。
今、民主党は外国人参政権なるものを導入しようとしている。
しかも、それは韓国の民団による要望である。
どうだろう。第二次桂太郎内閣と鳩山由紀夫内閣がかぶって見えないだろうか。
きっとこれも、100年後日本が存在すればの話だが、「日本の政治参与を強制された」と“タカる”ネタにされるだろうと私は思えてならない。
今、日本の政治は100年前のそれと似ている様に思う。
100年前、第二次桂太郎内閣の時、韓国併合条約が締結された。
そして、戦後、謝罪と賠償を今になっても求めている。
しかし、それは、一進会という韓国の団体からの要望に応じて締結されていた。
日本が強制したわけではないのである。
今、民主党は外国人参政権なるものを導入しようとしている。
しかも、それは韓国の民団による要望である。
どうだろう。第二次桂太郎内閣と鳩山由紀夫内閣がかぶって見えないだろうか。
きっとこれも、100年後日本が存在すればの話だが、「日本の政治参与を強制された」と“タカる”ネタにされるだろうと私は思えてならない。
今回はかなり硬めに書こうと思う。
まず、ロックとはどういうものかを説明する。これは、ただ単に音的に歪んでおり、オーバードライヴギター等を使う音楽等ではない。社会の体制に縛られない事を信条に歌い、その意味で反体制的な思想を持つ音楽である。
例えば海外では、「国や他人などどうでもよいので、自分を自由に生かせてくれ」等、他にもあるが、この様な思想がロックと言われる。HelloweenのEagle Fly Free等がそうだろう。
しかし、日本では戦後の教育というものがこの様な“個人主義”に基づいており、それによって日本ではこの思潮は一般化し、普遍化されてしまっている。体制になっていると換言できるだろう。
日本を代表するポピュラーソング、『世界にひとつだけの花』でさえこの思想が見られる様に、日本と海外では体制、反体制の定義が全く違うのである。
それであるにも拘らず、日本の“自称ロッカー”達は極めて体制的であることをポピュラーソングと一緒になって歌っている。私はこんなのはロックと呼ばない。ただの体制化されたポピュラーソングである。
時代の体制も分からない様な人間が「俺たちはロックバンドだ、反体制だ」等と言っている。全く笑わせてくれる。ジョークとしても笑えないレベルであるだろう事は明白だ。
では、日本のロックはどうあるべきか。
それは一口に言ってしまえば戦前の教育を肯定することにあるだろう。
具体的に記述する。
「日の丸に頭を下げよ」
「国家の象徴である天皇を崇拝しろ」
「自分を犠牲にしてまで他の人を助けろ。それがたとえ見ず知らずの人であっても、全力を出すこと を惜しむな」
「国体を護持するために命を投げ出せ」
「売国奴を処刑し、また、国家を辱める輩は断罪しろ」
「楽して生きようと思うな」
「先祖を尊敬しろ」
「他人と比較することによって自分の欠点を見つけ、自分を磨くべきだ」
と、この様なところだろうと私は思う。
この様に、保守と符合する点が多い。そしてそれが新・反体制、つまり日本におけるロックであり、反体制であると私は確信している。
何度も言うが、海外と日本では体制の内容が正反対と言っても良いほど違う。そんな中で、海外に追従し、同じ様な歌詞を書いたところで、ポピュラーソングには成り得てもロックを標榜することは不可能だ、というわけなのである。そのことが分からない限り、日本にロッカーは生まれない。
日本のロックは海外に比べて遅れていると聞いたことがある。しかし私は確信している。遅れているのではない。死んでいるのだ、と。
日本にロッカーが生まれる日が来るのか、私はそのことを願ってやまない。
まず、ロックとはどういうものかを説明する。これは、ただ単に音的に歪んでおり、オーバードライヴギター等を使う音楽等ではない。社会の体制に縛られない事を信条に歌い、その意味で反体制的な思想を持つ音楽である。
例えば海外では、「国や他人などどうでもよいので、自分を自由に生かせてくれ」等、他にもあるが、この様な思想がロックと言われる。HelloweenのEagle Fly Free等がそうだろう。
しかし、日本では戦後の教育というものがこの様な“個人主義”に基づいており、それによって日本ではこの思潮は一般化し、普遍化されてしまっている。体制になっていると換言できるだろう。
日本を代表するポピュラーソング、『世界にひとつだけの花』でさえこの思想が見られる様に、日本と海外では体制、反体制の定義が全く違うのである。
それであるにも拘らず、日本の“自称ロッカー”達は極めて体制的であることをポピュラーソングと一緒になって歌っている。私はこんなのはロックと呼ばない。ただの体制化されたポピュラーソングである。
時代の体制も分からない様な人間が「俺たちはロックバンドだ、反体制だ」等と言っている。全く笑わせてくれる。ジョークとしても笑えないレベルであるだろう事は明白だ。
では、日本のロックはどうあるべきか。
それは一口に言ってしまえば戦前の教育を肯定することにあるだろう。
具体的に記述する。
「日の丸に頭を下げよ」
「国家の象徴である天皇を崇拝しろ」
「自分を犠牲にしてまで他の人を助けろ。それがたとえ見ず知らずの人であっても、全力を出すこと を惜しむな」
「国体を護持するために命を投げ出せ」
「売国奴を処刑し、また、国家を辱める輩は断罪しろ」
「楽して生きようと思うな」
「先祖を尊敬しろ」
「他人と比較することによって自分の欠点を見つけ、自分を磨くべきだ」
と、この様なところだろうと私は思う。
この様に、保守と符合する点が多い。そしてそれが新・反体制、つまり日本におけるロックであり、反体制であると私は確信している。
何度も言うが、海外と日本では体制の内容が正反対と言っても良いほど違う。そんな中で、海外に追従し、同じ様な歌詞を書いたところで、ポピュラーソングには成り得てもロックを標榜することは不可能だ、というわけなのである。そのことが分からない限り、日本にロッカーは生まれない。
日本のロックは海外に比べて遅れていると聞いたことがある。しかし私は確信している。遅れているのではない。死んでいるのだ、と。
日本にロッカーが生まれる日が来るのか、私はそのことを願ってやまない。

